宮澤崇史の嫁や息子、母親への肝臓移植物語!ロードバイクの経歴や引退した現在は?相葉雅紀「絆のペダル」24時間テレビドラマ!

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こんにちは。

今年も24時間テレビの季節がやってきました!

8月24日(土)午後9時頃からは
スペシャルドラマ「絆のペダル」
放送されます!

嵐の相葉くん演じるロードレーサーの
宮澤崇史(みやざわたかし)さん
実在の人物!

また、母親役に薬師丸ひろ子さん
マネージャー役に波留さん、
ライバル役に田中圭さんと
豪華俳優陣によって
ドラマが作り上げられています!

最近ではロードバイクと言えば
人気自転車漫画『弱虫ペダル』の影響もあってか
気持ちよさそうに車と並んで走っている人たちを
よく見るようになりましたね~

宮澤崇史さんは
以前にも番組『奇跡体験!アンビリーバボー』
取り上げられていて、そのストーリーは
涙なしで見ることができませんでした・・・!

モデルとなった宮澤崇史(みやざわたかし)さんの
ロードバイクの経歴や引退後の現在の情報、
結婚したお嫁さん(現在は離婚した噂も?)
子供(息子)さんの情報、
母親との絆、肝臓移植について
調べてまとめてみました!

  • 宮澤崇史のプロフィール!
  • 宮澤崇史の経歴と母親との絆がすごい!
  • 宮澤崇史の引退後の現在は?
  • 宮澤崇史の結婚した嫁と離婚の噂?息子は?

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宮澤崇史のプロフィール!

名前:宮澤崇史

生年月日:1978年2月27日

年齢:41歳(2019年8月現在)

出身:長野市

愛称:ブラーヴォタカシ

身長:164㎝

体重:61㎏

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%AE%E6%BE%A4%E5%B4%87%E5%8F%B2

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宮澤崇史の経歴と母親との絆がすごい!

宮澤崇史さんは
父親・幸弘さん、母親・純子さんの元に長野県で誕生。
2歳上の姉の妙子さんと4人家族でした。

ですが崇史さんが6歳の頃、
父親の幸弘さんが41歳という若さで病死。

その後、母親の純子さんが女手ひとつで
(お母さんは国家公務員だったそうです)
二人の子供を育て上げます。

生活は苦しく、
洋服はいつもお下がりばかり
着ていたといいます。

崇史さんが自転車に興味を持ったのは中学生の頃で、
世界最高峰の自転車の大会
『ツールドフランス』をテレビで見て
「かっこいい!自転車が欲しい、やってみたい」と言ったのが始まり。

もちろん何十万もする自転車を買うような
余裕は無かったのですが
母親の純子さんは息子のために
頭を下げて職場の同僚に
マウンテンバイクを貸してもらいます。

しかもそのマウンテンバイクは
同僚が買ったばかりのものだったとか。

VTRでのマウンテンバイクは
SCOTT(スコット)という
人気ブランドのもので
値段を調べてみると
最低でも10万円はするようですね。
高いバイクは何百万という世界・・・!

頭を下げて借りている様子は
胸が熱くなりましたが、
貸した同僚の方もただ優しい人という
レベルではないですよね。。
物凄い金持ちだったのかな?と推測したり(笑)

そしてその借りたバイクで
いきなり自転車レースに参加。

経験者の大人の参加者に交じって
崇史さんは奮闘し、なんと290名中、27位!

自転車センス抜群ですね~!
お母さんも同僚の方も崇史さんの
センスを見抜いていたのかも・・・?

その後は毎日自転車を漕ぐ日々が始まります。
やっと自分の自転車を手に入れ
(叔父さんに買ってもらったそうです。
パナソニックのクロモリで約15万円)
各地のレースに赴き(レース参加費は約5千円)
タイヤやチェーンなどの
消耗品で年間6万円も掛かかるも、

母親の純子さん曰く、
「家計は苦しかったが
親子の会話が生まれたのが嬉しかった」
当時を振り返ります。

崇史さんは
自転車部のある長野工業高校に入り
(実際は部員2名の「サイクリング同好会」だったとか笑)

17歳で世界選手権ジュニア部門で22位。
20歳で世界選手権の日本代表に!

着実に日本のトップ選手へ・・・!

しかしその時、母親の純子さんが
『原発性硬化性胆管炎』という
胆管に炎症が発生し、
肝硬変などを引き起こす難病で倒れ
余命わずか1、2年と告げられます。

助かる道はただ一つ、生体肝移植
(健康な人間の肝臓の一部を切り取り、
患者に移植すること)しかありません。

2、3年で切り取った肝臓は回復するので
少なくとも命に別状はありませんが

医師からは、

「移植する際に腹筋を切ることで
もうプロ選手として活躍することが
できないかも知れない」

と言われます。

しかし宮澤崇史さんはためらうことなく
肝臓を提供すると言います。

(姉の妙子さんが移植できなかった理由は
はっきりとは分かりませんでしたが、
男性より肝臓が小さいので移植のリスクが
大きいというような解説もありました。
それともドナーとして
適合しなかったというところでしょうか?)

移植をすることで
息子の選手生命が危ぶまれることを知った
母親の純子さんは移植を拒否。
「子供の人生を犠牲にしてまで
生きたくない、耐えられない」と言います。

しかし崇史さんは
「ロードレースを始めたのは
自分の夢を叶えるためだけでない、
母親の笑顔のためにも
母さんが死んだら意味がない
走れなくなると決まったわけではないから
手術しよう」
と説得し2011年9月に手術へ。

肝臓の3分の1を移植し、無事に手術は完了!

宮澤崇史さんは手術から一か月後、
リハビリを開始しますが
歩くことが難しいほど筋力が低下していて、
腹筋を切ったことによって運動能力も低下。

なんとかリハビリを続け
手術から2か月後には毎日100km漕ぐことが
できるように・・・!

しかしレースに出てもやはり成績が伸びず
所属チームを解雇されることになりました。

母親は「私のせいで・・・」と落ち込みますが
崇史さんは「それでも日本一をあきらめない」と
母親に告げて、フランスに単身で渡り
1日3時間の腹筋で筋肉をつけ、
アマチュアチームに所属。

そしてその努力の甲斐あって
手術から4年後にはプロチームに所属することができ
2008年には北京オリンピックの代表に選ばれるまでに!

手術から9年後の2010年6月、
日本の頂点を決める全日本自転車選手権。

196.8㎞の起伏の激しいコース
スタートから約5時間、
32歳になった崇史さんは
とうとう日本一に輝きます・・・!

崇史さんは「あの手術が無ければ日本一まで
登り詰めることができなかったのでは」と
語っているのはとても感慨深かったですね。

逆境にも負けず、むしろチャンスに変えて
トップに上り詰める・・・

漫画や映画の世界ではよくある話に感じますが
現実世界ではなかなかできないことです。

親子の絆も素晴らしいですよね。
参考元:https://youtu.be/vSBkxktKkSg

次ページは引退後の現在や結婚したお嫁さん、息子さんについて!
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